成就院本堂須弥壇

 成就院本堂の須弥壇(しゅみだん)には、ご本尊大日如来、左手に薬師如来、右手に阿弥陀如来の大日三尊がお祀りされています。そして、左端に吉祥天、右端に多聞天、不動明王を安置しています。大日如来は、江戸時代から伝えられた仏さまですが、他は昭和なってから謹刻された仏さまです。

大日如来

「宇宙に遍満している法(真実)」そのものを人格化したものとされ、密教では、最高格をなす存在です。成就院の大日如来さまは、舟形光背(ふながたこうはい)を背に、宝冠を被り、法界定印を結んでいる胎蔵界(たいぞうかい)の大日如来さまです。法界定印とは、左右の手のひらを組み合わせる形で、悟りの境地を示すとされ、宇宙の真理、もしくは大日如来の真理との一体化をはかる印とされています。

薬師如来

仏教では、四方に仏国土があり、それぞれを仏さまが一人ずついらっしゃると考えられていました。東方の浄瑠璃世界(じょうるりせかい)を治めたのが、薬師如来さまです。よって、薬師瑠璃光如来ともお呼びいたします。薬師如来は、修行をしているとき、衆生を救うために、貧困を除き、病気を治すという誓願をたてられました。成就院の薬師如来も左手に薬壺を持っていらっしゃいます。

阿弥陀如来

 西方の極楽浄土を治めたのが、阿弥陀如来さまです。無量寿如来ともいわれます。すべての者を極楽浄土に導き、救済してくれる仏さまとして信仰されました。観世音菩薩、勢至菩薩(せいしぼさつ)を加え、阿弥陀三尊といいます。成就院の阿弥陀如来さまは、手に来迎印を結んでいらっしゃいます。この印は、極楽浄土から人々をお迎えにいらっしゃるときに結んでいる印といわれています。

吉祥天

 「吉祥」とは繁栄、幸運を意味し、衆生に無量の福徳をもたらす天女姿の神として祀られてきました。成就院の吉祥天は、冠に瓔珞(ようらく)といわれる飾りをつけ、天衣をまとっています。左手には如意宝珠(にょいほうしゅ)を持ち、右手は施無畏(せむい)の印を結んでいます。如意宝珠とは、ひとたび手にすれば、あらゆる願い事が叶えるという珠です。施無畏の印とは、仏・菩薩が衆生の恐れの心を取り去って救うことを象徴した印であるといわれています。

多聞天

常に道場を守護する存在で、仏の説法を聞く機会が多いことから多聞天といいます。夜叉(やしゃ)、羅刹(らせつ)の首領であり、帝釈天(たいしゃくてん)のもとで北方を守護する神です。軍神として崇敬されましたが、後に福徳神として七福神に数えられました。四天王の一つにも数えられ、毘沙門天(びしゃもんてん)とも呼ばれました。成就院の多聞天は、甲冑(かっちゅう)に身を固め、右手には宝塔を、左手には剣を持っています。後に、吉祥天と夫婦であるという信仰も生まれてきました。

不動明王

 不動明王は、片目で正面をにらみ、右の牙を上に左の牙を下に出し、額に四すじのしわがあります。しかし、明王のこの恐ろしい表情は、煩悩まみれの人を屈服させても救済しようという思いによるもので、、慈悲のあらわれであるといえます。不動明王は、右手剣を、左手に羂索(けんじゃく)を持っています。これは、衆生の煩悩を断ちきり、またその断ちきった煩悩を縛り付けておくためのものなのです。

弘法大師

 弘法大師空海は、平安時代の初め、唐に渡り、恵果阿闍梨(けいかあじゃり)より密教伝授され、帰朝後、真言宗を開きました。真言密教の教えを広めることによって人々を救済したばかりでなく、綜芸種智院(しゅげいしゅちいん)の創立や東寺講堂の建立、満濃池(まんのういけ)の修復など多方面でその才能を発揮しました。弘法大師のお像は、本尊に向かって右手にお祀りします。左手に数珠を、右手には五鈷(ごこ)を持っていらっしゃいます。

興教大師

 興教大師覚鑁(かくばん)上人は、平安時代後期に活躍され、高野山の向かいにある根来寺(ねごろじ)を拠点として、新義真言宗を開かれたお方です。新義真言宗は現在、智山派、豊山派、新義派に分かれています。成就院は、智山派に属し、総本山は京都東山七条にある智積院です。新義真言宗の寺院では、興教大師覚鑁上人を開山として、ご本尊に向かって左側にお祀りします。